大判例

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東京地方裁判所 昭和58年(特わ)510号 判決

本籍

東京都文京区小石川一丁目一五番地

住居

同都豊島区西巣鴨一丁目三二番一〇号

納豆包装資材卸売業

内藤光江

大正一五年二月三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は審理し、次のとおり判決する。

主文

1  被告人を懲役一年六月及び罰金四〇〇〇万円に処する。

2  被告人において右罰金を完納することができないときは金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

3  この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都豊島区西巣鴨一丁目一六番一〇号において、「マルエス興業」の名称で納豆包装資材の卸売業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、売上の一部を除外する等の方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和五四年分の実際総所得金額が五七五六万七〇三六円(別紙(一)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五五年三月一二日、同都豊島区西池袋三丁目三三番二二号所在の所轄豊島税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が三八八万三五九三円で、これに対する所得税額が四九万二〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五八年押第六九〇号の一)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額二九三六万六七〇〇円と右申告税額との差額二八八七万四七〇〇円(別紙(四)ほ脱税額計算書参照)を免れた

第二  昭和五五年分の実際総所得金額が一億八四八万一九二三円(別紙(二)修正損益計算表参照)あったのにかかわらず、同五六年三月一二日、前記豊島税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が四二九万八四二〇円で、これに対する所得税額が五六万三四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の三)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額六六〇三万四七〇〇円と右申告税額との差額六五四七万一三〇〇円(別紙(四)ほ脱税額計算書参照)を免れた

第三  昭和五六年分の実際総所得金額が九六三三万八七九五円(別紙(三)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五七年三月一二日、前記豊島税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が四二二万七一一七円で、これに対する所得税額が五四万六九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の五)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額五六七八万二三〇〇円と右申告税額との差額五六二三万五四〇〇円(別紙(四)ほ脱税額計算書参照)を免れた

ものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一  被告人の

(イ)  当公判廷における供述

(ロ)  検察官に対する供述調書

(ハ)  申述書

一  嶋田美壽子の検察官に対する供述調書

一  収税官吏作成の

(イ)  売上金額調査書

(ロ)  たな卸調査書

(ハ)  仕入金額調査書

(ニ)  経費調査書

(ホ)  減価償却費調査書

(ヘ)  給料賃金調査書

(ト)  利子割引料調査書

(チ)  支払リベート調査書

(リ)  支払手数料調査書

(ヌ)  営業所払経費調査書

(ル)  専従者給与調査書

(ヲ)  青色申告控除額調査書

(ワ)  利子所得調査書

(カ)  預貯金及び借入金調査書

(ヨ)  事業主勘定調査書

(タ)  源泉徴収税額調査書

一  大蔵事務官作成の証明書

一  押収してある所得税確定申告書及び所得税青色申告決算書各三袋(昭和五八年押第六九〇号の一ないし六)、仕入帳一綴(同押号の七)並びに昭和五六年分所得税青色申告決算書控等一袋(同押号の八)

判示第一の事実につき

一  収税官吏作成の貸倒損失調査書

判示第二、第三の事実につき

一  収税官吏作成の

(イ)  除却損調査書

(ロ)  譲渡所得調査書

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示第一、第二の所為は、行為時においては昭和五六年法律第五四号による改正前の所得税法二三八条一、二項に、裁判時においては改正後の所得税法二三八条一、二項にそれぞれ該当するところ、刑法六条、一〇条により軽い行為時法によることとし、同第三の所為は改正後の所得税法二三八条一、二項に該当するので、以上三罪につき懲役刑及び罰金刑を併科するが、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、罰金刑については、同法四八条二項により罰金の合算額以下においてそれぞれ処断することとし、ここで量刑について考えると、被告人は昭和三四年ころから女手一つでマルエス興業という名称を用いてポリエチレン加工業を始め、その後納豆包装容器の加工販売を開始して徐々に業績を拡大し、昭和五四年ころには、大手納入先の業績拡大もあって年間売上高が六億四〇〇〇万円余りに達するまでになり、関東地方の納豆包装資材業界において約八〇パーセントのシェアを占めるほどに急成長したものであるが、かねて独身で身寄りがないことから老後の蓄えを目的として同五二年ころから数百万円単位の脱税を行なっていたが、同五四年以降の本件三か年分についても急激に利益が増加したにも拘らず、申告所得額をほぼ前年並みに押えることによって脱税しようと考え、大幅に圧縮した仕入額を基礎とし、売上額をこれに見合うように圧縮し、棚卸金額や経費も適当に調整するという方法により三年間に合計一億五〇〇〇万円余りの所得税を免れたものであり、被告人が老後の生活に不安を抱いていたことは理解できないわけではないが、そのことが直ちに本件の如き多額の脱税の動機として斟酌に値するものとはとうてい言えないものであり、犯行の態様をみても、多額の所得を隠ぺいして前年並みの所得を仮装するため、多数の勘定科目上の金額を操作しており、よって生じたほ脱の結果も多額であり、正規税額に対するほ脱税額の割合も合計で九八パーセントを越えており、その犯情は軽視できないものがある。

しかしながら他面、被告人の本件犯行は、いずれも申告時において正規売上帳及び仕入帳等の数字を適当に圧縮した青色申告決算書を作成し、これに基づき虚偽過少申告を行ったものであり、備付帳簿類を改ざんしたり、取引先と通謀して所得を隠ぺいしたりする等の不正工作を伴わなかった点においてそれほど悪質なものではなく、したがって、脱税の容疑で取り調べを受けるや、一貫して犯行を素直に認めて改悛し、本件を含む五年分につき修正申告をして、所得税についてはすでに本税及び重加算税を完納し、延滞税については徴税当局に五八年中の支払を確約しており、地方税についても一部をすでに完納し、残額についても支払を確約していること、現在においては事業を法人化すると共に税理士の関与を受けて適正な決算、申告を行うように努めていること、被告人には前科・前歴もないことなど被告人に有利な事情も認められるので、諸般の情状を総合して被告人を懲役一年六月及び罰金四〇〇〇万円に処し、刑法一八条を適用して右罰金を完納することができないときは金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

よって主文のとおり判決する。

(求刑懲役一年六月、罰金五〇〇〇万円)

検察官五十嵐紀男、弁護人佐伯弘出席

(裁判官 小泉祐康)

別紙(一)

修正損益計算書

内藤光江

自 昭和54年1月1日

至 昭和54年12月31日

〈省略〉

〈省略〉

別紙(二)

修正損益計算書

内藤光江

自 昭和55年1月1日

至 昭和55年12月31日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

注 前記「申告誤びゅう」は、青色申告決算書上に記載された総所得金額が4,298,480円であったにかかわらず青色申告書上では、それが4,298,420円と記載されており、右金額の相違は、決算書から申告書への転記の誤りと認められるので、その差額60円は非犯則金額と認め、ほ脱所得額、ほ脱税額計算上は修正損益計算上の総所得金額から60円を控除した108,481,923円をもって総所得金額とした。

別紙(三)

修正損益計算書

内藤光江

自 昭和56年1月1日

至 昭和56年12月31日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙(四)

ほ脱税額計算書

内藤光江

〈省略〉

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